本の紹介「松田聖子と中森明菜」

「松田聖子と中森明菜 (幻冬舎新書 な 1-2)」

中川 右介、幻冬舎(2007/11)、価格:¥ 861(税込)、ASIN:4344980638 【amazon.co.jp】【bk1】【楽天ブックス

普段、この手の本に手を出すことはないのだが、高校生時代、中森明菜に入れ込んでいた私は、なぜ、今になって、中森明菜?しかも、松田聖子と比べられること自体あまりないのに、なぜ松田聖子と中森明菜?と思って、本屋で購入した。

本書のタイトルは「松田聖子と中森明菜」となっているが、基本的に松田聖子について語られた本である。松田聖子の時代性を引き出す上で、前半では山口百恵が、後半では中森明菜が語られている。その意味では、このタイトルは?である。著者の「カラヤンとフルトヴェングラー」と引っかけているだけなのかもしれない。

本書の最大の特徴は、歌詞の解釈を除けば、できる限り資料を元に構成しており、膨大な参考文献が巻末につけられていることである。しかも、著者は関係者でもなく、関係者へのインタビューもおこなっていないのに、ここまで書けるというのは、まことに恐れ入ったという感じである。資料が残っているはずもない、松田聖子と郷ひろみの破局、中森明菜の自殺未遂事件などにはほとんど触れられていない。

松田聖子論というよりは、事務所のプロモーション、レコード会社のプロモーション、松田聖子の影のプロデューサーとも言える、作詞家の松本隆の意向、本人のおかれた状況、そしてちょっとだけ本人の意向、こういうものによって松田聖子がどのように作られていったかをたどることができる。アイドルに夢中になっているときには気づかないことも多く、20年の時間をおいて見つめ直すという読み方をすれば、まちがいなくおもしろい一冊である。

個人的には、結婚、引退を目の前にした山口百恵に、なぜ、宇崎龍道、阿木耀子は「ロックンロールウィドウ」などという未亡人の歌を歌わせたのか?この議論が一番興味深かった。


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