多田富雄先生の講演

私が大学院の時、一時、東大に出向しておりました。その時、多田富雄先生の退官講義があることを聞きつけ、喜び勇んで駆けつけました。その退官講義は、能の鼓の音で始まるという、かなり斬新な講義形式でした。また、その内容も、免疫が苦手な私には、かなり難解に感じられました。その退官講義は一部「免疫のフロンティア 免疫系の調節因子 多田富雄,石坂公成著」にまとめられています。

多田富雄先生は退官後、2001年に脳梗塞に倒れられ、言葉を失い、右麻痺という後遺症に悩まされる中、執筆活動を続けられています。しかも、驚異的な執筆ペースです。また、「リハビリ日数期限」に関しては、先頭に立って社会的な活動もされています。

先日、たまたま届いていた無料雑誌に、多田富雄先生の講演記録が載っていました。言葉を失われた先生は、電子音で講演をおこなったそうですから、おそらく、全文ノーカットで講演が記録されているものと思われます。

この講演は、千葉大学出身の多田先生が、千葉医学会でおこなった「教えられたこと、伝えたいこと」という講演です。

この講演が、気品に満ちていながらもウィットに富み、ときに厳しさにはっとする、素晴らしい講演でした。久しぶりに魂がふるえる、そんな講演だと思いました。いくつか、キーフレーズを引用して、雰囲気をお伝えしたいと思います。

「自分の見たものだけを信じよ」という先生の教えは楽しかったのです。私は一生それを守って、たいして文献も読まず、自分の目で見たものだけを信じて疑いませんでした。

もし、あなた方のなかで、研究をおもしろいと覆わないで、名声のためとか、槍あのためとか、思っている方があったら研究などやめてしまった方がいい。それは時間の無駄です。

そして、師匠である石坂先生から教えられた『研究者の三つの勇気』もすばらしい。

石坂先生は、競争の激しい一流の主題は、それが万人にとって大切なことだからこそ人が集まるというのです。それを避けて競争の少ない主題に逃げると、一生、落ち穂拾いのような研究しかできない。競争の激しいところに勇気を持って参加しなさい、という教えです。

次に、実験をやるときは、必ずうまくいくと思ってやれ、ということ。どうなるかわからないと自分があやふやに思っていてはうまくいくはずがない。しまいには実験をやっているマウスを睨みつけるのです。睨み方が足りないと怒られたこともありました。IgEの発見もこうした信念と確実な努力があったからであることを私は身近に見てきました。

そして、これが一番難しいことですが、どうしてもダメだと思ったときには、一度実験を止め、撤退する勇気を持つこと。これが一番難しい。

ちなみに、この雑誌、東京医心という雑誌で、希望者にはメールでリクエストすれば送ってくれるそうなので、是非、興味のある方は読んでみて下さい。第2巻です。

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